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大阪地方裁判所 平成10年(モ)6769号 決定

申立人(原告)

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相手方(被告)

住友生命保険相互会社

主文

一  相手方は、別紙文書目録記載の各文書を提出せよ。

二  申立人らのその余の申立てを却下する。

理由

一  申立の要旨

1  申立人らは、相手方に対し、民訴法二二〇条四号に基づき、相手方の左記従業員(ただし、平成八年三月末日現在の在籍者)のそれぞれ入社年から平成八年までの賃金台帳の提出を求めた。

(一)  昭和三三年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三三年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

(二)  昭和三四年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三四年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

(三)  昭和三五年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三五年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

(四)  昭和三六年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三六年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

(五)  昭和三七年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三七年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

(六)  昭和三八年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三八年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

2  これに対し、相手方は、賃金台帳は民訴法二二〇条四号ロ又はハに該当し、また、取調べの必要性がないと主張し、提出義務を争っている。

二  当裁判所の判断

1  賃金台帳は、使用者が各労働者について、その氏名、性別、賃金計算期間、労働日数、労働時間数、基本給その他賃金の種類及び額等、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額等を記載したもので、労基法一〇八条、一〇九条により使用者にその作成及び保存が義務付けられ、その違反に対しては罰金が科せられるものである(同法一二〇条)。

相手方は、賃金台帳が民訴法二二〇条四号ロ又はハに該当する旨主張するので、以下検討する。

(一)  民訴法二二〇条四号ロ該当性について

相手方は、賃金台帳には、相手方の職場における賃金水準、労働時間の状況等が記載されており、これらは人事管理上秘匿すべき事柄であること、すべての従業員の賃金台帳が公開されると、従業員は、自己の賃金の水準を他の従業員又は全体の水準と比較すること、あるいは相手方の各従業員に対する評価を知ることが可能になり、相手方の組織運営上深刻な打撃を被ること、従業員らにも、自己の賃金水準を公開されたくないというプライバシーがあることを理由に、賃金台帳が、相手方の職業の秘密に該当すると主張する。

しかしながら、民訴法一九七条一項三号にいう「職業の秘密」とは、これが公表されると、職業の維持遂行が不可能又は著しく困難になるおそれがあるものをいうと解すべきところ、従業員の賃金水準や労働時間の状況等が公開されたとしても、生命保険会社である相手方の業務遂行が不可能又は著しく困難になるような事情は認められないから、賃金台帳が、相手方にとって同法二二〇条四号ロに該当する文書であるということはできない(東京地裁八王子支部昭和五一年七月二八日決定は、本件とは事案を異にするものである。)。また、自己の賃金水準を公表されたくないという従業員のプライバシーは、それ自体保護に値するものではあるが、賃金水準を公表されることによる従業員の不利益は、賃金台帳を提出させることにより適切な事実認定をすることができるという利益と比較考量すると、当該文書提出の必要性を上回るほど重大なものではないと考えられ、従業員のプライバシーを根拠に文書提出義務を否定することはできないというべきである。

(二)  民訴法二二〇条四号ハ該当性について

相手方は、賃金台帳は、もっぱら従業員個人の賃金に関する情報の管理だけを目的として作成される文書であり、社外に公開することを一切予定されていないから、もっぱら文書の所持者の利用に供するための文書(自己使用文書)に該当すると主張する。

しかしながら、自己使用文書とは、業務遂行上の便宜や備忘のために任意に作成されるメモなどのように、もっぱら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に見せることが全く予定されていない文書をいうと解すべきところ、法令が使用者に賃金台帳の作成及び保存を義務付けているのは、労働契約の重要な要素である賃金について、その内容を明確にし、紛争の発生を未然に防止するとともに、必要があれば、監督官庁が労働行政上の必要性からその提出を受けて利用するためであると考えられるから、賃金台帳は、単に使用者の人事管理上の便宜のために作成される内部文書とは性格を異にすることは明らかであるし、外部の者に見せることが全く予定されていない文書であるともいえない。したがって、賃金台帳は、民訴法二二〇条四号ハにいう自己使用文書には該当しないというべきである。

なお、本件のように、申立人ら以外の第三者たる従業員の賃金台帳については、それら従業員のプライバシーを考慮する必要があるが、この点が相手方の文書提出義務を否定する理由にならないと解すべきことは前記(一)において説示したとおりである。

3(ママ) 以上のように、賃金台帳は、民訴法二二〇条四号のロ及びハに該当する文書であるとはいえず、また、同号イに該当する文書でないことは明らかであるから、相手方には、その提出義務があるというべきである(なお、相手方は、証拠調べの必要性を争うが、本件原告らの請求の内容に鑑み、原告らと同期同額(ママ)歴の女子従業員の賃金水準の立証のため、それらの者の賃金台帳を取り調べる必要性がないとはいえない。)。

そこで、提出を命ずべき賃金台帳の範囲について検討すると、賃金台帳は、法令上三年間の保存が義務付けられているものであること及び相手方提出の平成一〇年一一月二〇日付け意見書の記載によれば、相手方は、従業員の平成七年以降の賃金台帳についてはこれを所持しているものと認められるが、それ以前のものについては、これを所持していると認めるべき事情は見当たらないから、結局、申立人らが提出を求める賃金台帳のうち、相手方に対し提出を命ずべきものは、平成七年分及び平成八年分ということになる。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 谷口安史 裁判官 和田健)

〈別紙〉 文書目録

相手方の左記従業員(ただし、平成八年三月末日現在の在籍者)の平成七年及び平成八年の賃金台帳

一 昭和三三年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三三年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

二 昭和三四年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三四年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

三 昭和三五年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三五年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

四 昭和三六年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三六年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

五 昭和三七年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三七年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

六 昭和三八年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がある者

昭和三八年に採用された高卒内務女子社員のうち、平成八年三月末日現在結婚経験がない者

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